受験は、子供にとって初めての試練の時期です。
親としては、努力は実を結ぶのだと経験してほしいです。
我が家も、息子の高校受験は勝算が五分五分でした。
(ちょっと無謀な賭けだったかも・・・
失敗する確率が高くても息子に挑戦させてやりたいと思いました。
普通科と専修学校。
どちらが良いかはわかりませんが、失敗を恐れて最初から専修学校にすれば息子の中で、もし普通科を受けていればという迷い・未練?が残るのではないかと考えました。
挑戦の結果、失敗しても息子もやるだけやってダメだったからと与えられた場でがんばってくれると考えました。
皆さんの応援もあり、息子は進学が決まりました
もちろんこれからの問題もありますが、今は何も言わずに喜ぶ時期でしょうか。

本当に人生、何が幸いするかわからないと感じます。
未来のことはわかりません。
ならば、今現在できることを一生懸命するだけですね



そんな受験の経験は、みなさん色々あるようです。
今回、ブログにコメントをよくいただくかのんさんご自身の受験の経験を伺う機会がありました。
ご自身でブログをお持ちでないので、こちらに載せさせて頂こうと思います。

かのんさんは、3人のお子さんのお母さんです。
子供さんの不登校から支援を受けて(我が家と機関は違いますが)現在継続登校をがんばっておられます。


私が就職する時期は、希望していた職種は氷河期と言われ、他の職種を選ぶ同級生がたくさんいました。
わたしも2度の試験に落ち、かなりへこんでいました
その時、私は県外の学校にいたのですが、知り合いからの話もあり、地元で試験を受けてみようと思い、幸運なことに合格。
夫とも結婚し(たぶん県外で就職していたら夫とは結婚していなかったのでは…
今は年老いた両親の手伝いに時々ではありますが出かけ、
なかなか親の言うことを聞かず悩ませた両親に対し少しでも恩返しできたらと思っています


ズバリ夫は一浪しています。
雪で大幅に遅れた新幹線をホームで待ち続け、熱が出るなどの不調もあったそうです。

夫の高校は、進度も速く毎週テスト。
入学式の日に「トップクラスにあわせて授業を行う」と先生からの話通り、わからなくてもどんどん授業が進んでいったそうです。

それまでは、辞書などで調べていた宿題も、とうてい間に合きません。
教科書ガイドなどで丸写し、夫は変なところに意地っ張りなので
「みんなが行っている塾に行くのは嫌だ」と塾に行くこともせず、授業についていくのが精一杯で、どんどん成績が落ちていったそうです。

「今の偏差値だから受けられるのはこのへんかな」と考えながらの大学受験だったそうです。
おまけとしては、夫が1年目に受けた学部は今の仕事からはかけ離れた職種。(義父の影響で受けたらしい)
全く向いていないと思う私
夫も実技試験の時に『こりゃダメだ』と思ったというから笑っちゃいます。

浪人することを決め、親に頭を下げての県外大手予備校での寮生活。
来年合格との保証は全くない中での浪人生活はつらく、それと同時に親のありがたさも知ったそうです。

浪人し、予備校に行ってものすごく効率のいい勉強法を学び、「やっぱり違う」ことを実感したそうです
通った予備校の授業は「プロの授業」であり、
学んでいて楽しく、翌年は「本当はここに行きたかった大学」に行き、
子どもの頃からなりたかったという職業に就いています。

夫は「もし、1年目で大学に受かっていても、辞めていたかもしれない」と言っていました。
反抗期がきつかったという夫ですが、今はほとんど寝たきりの義父にも、介護が必要になってきた私も両親にも優しいです
「回り道をしたけれど、あの1年は勉強になった」と夫はよく言います

夫は予備校の入寮試験で面接官に
「君はどうしてうちを受けたのかね。」と聞かれ
「大学に合格させて欲しいからここを選びました。」と答えたそうです。
その先生は「それは違う。合格するために努力するのは君で、我々はそれをサポートするに過ぎない」とおっしゃったのだそうです。

その予備校は今もあって、夫とつきあい始めた頃、私の通っていた短大と夫の通っていた予備校をドライブがてら見に行ったこともあります。
今は寮も個室だそうですが、夫の頃は、狭い部屋に二人、お風呂は熱く沸かしてあり、だんだんさめていくのだからうめてはいけないと言うきまりもあったそうです。
寮長は大変厳しかったそうですが、夫にとってはとても印象に残っているようで、
その方に入試前にもらったという勝ち栗を今も大切にしています。

この面接官の「我々はサポートするだけ」ってとこ、ズシーンと来ました。
本人のがんばりがやっぱり大切なんだなって。
ヘルプではなくサポート。自分自身に言い聞かせています


私の両親については「介護」ではなく「生活支援」かな 両親とも年齢的なものに加え、特に母はお正月からの手術、ICU、個室生活が長かった為、認知能力と筋力が低下し、私は可能な範囲で手伝いに行ってます。(義姉に頼りっぱなしでは申し訳ないので…)

実を言うと、夫と私は小学校からの同級生。意地っ張りは変わっていませんね
「ああ、ここでこうしてくれたら私はどんなに楽だろうと思うこともしばしば
でも私もそうとうガンコだから「おたがいさま」なのかな

スポンサーリンク

 
 カテゴリ
 タグ
None