一口に不登校といっても、いろんな形があります。
五月雨登校・別室登校も形は違いますが完全不登校と同じように、親として辛いものがあります。我が家は、長期の完全不登校でしたが、別室登校も難しいCASEだと感じています。

ピピコさんの娘さんは、中・高一貫校に通われています。
中2の9月から別室登校になり、いろいろな道を探されました。
常に娘さんにとって最適な道を探し続けた結果、ペアレンツキャンプに支援を依頼し中3の始業式から復学されました。


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【ピピコさんのcase


現在私立中学3年生の娘は、中学2年生の9月中旬からクラスに入れなくなりました。

? 学校行事のクラスリーダーの役割をしていた最中、上手く運営できないことを先輩からは怒られ、それに対してクラスのみんなに正論を言って従ってもらえないことに爆発してしまいます。それでも数日は頑張っていましたが、最後にクラス一の意地悪な女子に言われた事に腹をたて、殴ろうとしたところを引き離されて 保健室に連れていかれました。

? もうひとつは一人のお子さんが娘にべったりになってしまい、部活も委員会も何もかも一緒でお世話をするのにキャパがいっぱいになってしまいました。

始まりはこの2点がきっかけでした。

娘は学校行事の4日前に?の事件があったため、その間は完全不登校、それからは保健室に時間をずらして遅刻・早退で行く日もあれば、朝からお腹が痛くなりトイレに90分近くこもったり、また学校にはついたが、たまたま朝礼等で大勢の生徒を見ると引き返して帰宅してしまう日が数回ありました。

親としては、娘の問題は早期に手を打てば解決できると考え、行事の翌週にはスクールカウンセラーとの面談(親のみ)をし、その後学年主任・担任とも面談をしました。(この時は?と?の外的要因で行けないのだと思っていました)

スクールカウンセラーも学校も「まだ1週間なので、本人に任せて様子をみましょう」との回答でした。また私学であり、中1〜中2の段階で素行やクラスでの協力体制がよく、問題がないので、併設高校へは最悪中3最後まで不登校でも上がれる旨話がありました。

それでも母親の私は「これは尋常ではない」と判断し、インターネットで検索して学校側との話し合いの翌週、ある復学支援機関の初回カウンセリングを受けました。

カウンセリングで「娘さんの場合は問題が複雑ではないので、3ヶ月でまた元に戻るでしょう」と言われ、藁にもすがる思いで、その翌週(丁度10月の第1週でした)から娘と週1回通いました。

そこでは 
・10月はカウンセラーが娘との信頼関係を構築するため学校の話はしない。
・11月は毎週タイプの違う心理テストを実施、少しずつ学校への話を入れる。
・12月第1週に復学日を設定(設定日は予定日の1週間前)→失敗
    第3週に復学日を設定              →失敗
と連続して教室に戻ることができませんでした。
(1月始業式での復学も失敗 計3回失敗)

10月に入ってその支援機関に通うようになった娘は『スクールカウンセラーは学校の先生に通じているのが厭だ、けど支援機関は学校とのつながりがないから行く』という理由で通い続けました。完全不登校ではなく、別室登校へと登校形態が変わっていきました。
10月末までは保健室、11〜12月は進路指導室という個室です。1月からは図書室へ他の学年、同学年の別室登校の生徒と一緒にいました。
朝は1時間遅刻し、帰りは3時間以上早退。これが定着してしまいました。

また不登校、別室登校だと試験を受けることは少ないという事を聞きました。しかし 娘は別室登校期間、定期テスト・学力テスト・休み明けテスト・学年対抗テストと あらゆるテストを、早朝生徒が来る前にタクシーで私と登校し、受けました。

娘自身は当時通っていた支援機関にも学校側にも「クラスに戻りたい」という気持ちは話していましたが、時間が経つにつれ、クラスへの壁はますます娘の中で高くなり 12月の登校刺激で失敗してからは、そのくやしさを家庭内暴力という形で表現しはじめました。
何故か友人関係は良好で、他クラスの友人なども保健室や別室に会いに来てくれたり、日曜日には遊びにいったりしていました。

私たち夫婦は再度話し合い、一度別機関に相談することも視野に入れ始めました。
12月の終わりにFHEに相談メールを送り、2010年12月31日の夜にお返事を 頂きました。そして1月6日には藤本先生とお電話でお話させていただきました。

その時に「こういうケースは難しい。テストも自分を納得させるために受けている場合もある 。別室登校も自分を納得させる為ではないか、また他の支援機関にかかっていた影響も心配。五月雨登校のくくりに入るので、専門の先生に当たってみるから24時間 待っていてください」とお話があり、私たち夫婦は驚きでいっぱいでした。

「娘は学校には行けているから、あとはクラスに入るだけかと思っていた・・」
「娘はテストを受けているから、やる気はあるんだと思っていた・・・」
「全ては外に理由があると思っていたけど、実は家庭内に問題があるのか・・」

藤本先生にご相談した翌週、 ペアレンツキャンプの水野先生をご紹介頂き、直接お電話でご相談にのって頂きました。

見解は藤本先生とほぼ同じでした。10月からの支援機関を終了してからという事でしたので、すぐに予約を取り消し、1月下旬から家庭ノートと電話カウンセリングでの支援を開始して頂きました。
(元の支援機関にも過去のお礼をお伝えし、円満に終了しました)

その中でやはり家庭に問題があることがわかり、常にアドバイスを頂きながら 過管理型の母親の私の接し方を変え、夫の父性対応を高める努力をしました。

3月下旬に水野先生が直接娘にあってくださりました。
訪問の先生方のお力を借りながら担任による家庭訪問・学校訪問(学校には行ってはいてもクラスには入れなかったので)をしていただきました。
4月の始業式、娘は半年乗ることができなかったスクールバスに一人でのり、訪問の先生が校門でサポートして下さる中、娘は旧クラスに半年半ぶりに入りました。
そして旧クラスの大掃除をクラスみんなで行い、始業式に参加し、新3年のクラスに入りました。

『教室に入る』これが、自分自身が作りあげた半年入る事のできないぐらいになってしまった高い壁でした。
支援の先生方にそっと背中を支えてもらいながら娘は自分自身で壁を乗り越えました

現在、登校から1ケ月半近くが過ぎていますが、1日も休む事も行き渋ることもなく月曜から土曜まで学校に通っています。
成績は最下位ですが、自分で少しずつ努力し、また学校の先生方も事情を理解してくださっても他の生徒と変わりなく、暖かくも厳しい指導をしてくださいます。

私たち夫婦は今回の娘の件を通じて多くの事を学びました。
このような問題が起きた時、まずは家庭内の親の対応の見直しと共に、子供自身の問題点の両方を解決していかなければいけないということです。
つまり「親が変わっても、子供自身の問題点が親だけでは解決できていなければ同じことが起こりやすい」
「子供が自身の問題点を解決しても、影響力の強い親が変わらなければまた元に戻ってしまいやすい」
この2点を同時に行わないと不登校、別室登校は長引き貴重な時間を失う事になるのではないかと思います。
上記の点は支援を受けることで教えて頂かなければわかりませんでした。

登校できたら、終わりではありません。
また娘は何かのきっかけでつまずくこともあるでしょう。
でもその時に、親が家庭内で娘の気持ちを汲み、間違っている考えの時は汲んだ上でアドバイスし、娘自身も自分で解決する力を身につけていれば、立ち上がるのは早いと思います。

私たち家族は親も子供も、よい家庭を作るために今後も支援を頂きながら学んで行きますが、やがてくる支援卒業の日の後も家庭教育を学び、実践し続ける事が重要だと思っています。

今回の娘のケースが別室登校からクラス復学にむけて悩まれている方への参考になれば幸いです







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