不登校の対応には、いろいろな道があります。
我が家は、復学支援を選びました(復学支援を知っていますか?
他の方は、どうでしょうか。
みなさん、いろいろな道を探されています。
そして、復学支援を決断された時のお気持ちはいかがだったのでしょうか?

くるみみるくさんは、現在中1の息子さんが小学校5年生の三学期から不登校となり、
小学校6年生の1月に、エンカレッジで復学されました。
再登校から1年がすぎ、その節目として他のサイトで書かれていた日記(追記あり)を、こちらへもお願いして記事にしてもらいました。

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【くるみみるくさんのCASE 】


息子が学校へ行くことが出来なくなったのは、5年生ももうすぐ終わる2月のことでした。
親子でどんなにか頑張っても学校への道は遠く遠く・・・。
もうこんなことはやめて違う道を探す方がいいのではないか・・・
2人で母子登校中、道の途中で倒れ息もできないと涙を流す息子が哀れで、そんな息子を背中にしょって歯をくいしばった日。
自分のやっていることがいいのか悪いのか、
この子の為になっているのか、苦しめているのか、
先の見えない毎日は私自身を追いつめていました。

時間だけが流れ、もうネットの検索で「ふとうこう」と打ち込む力さえ弱っていきました。
ODの診断で治療を始めても何か腑に落ちず、
次の児童精神科では小児の鬱との診断でした。

息子は処方された薬を何の迷いもなく「飲ませて」と、大きな口を開けます。
私はそんな息子の口に、白い薬を何度入れたことでしょう。
薬の大切さを自分への言い訳に・・・
大丈夫、大丈夫・・・
そう思いながらも私の手はガタガタ震えて止まらなくなりました。

もうやめよう。本当は飲ませたくない。
症状から医師は鬱だと言うけれど、あてはまらない症状を私は信じたい。
この子は、鬱じゃない!ただ何かが、何か1つボタンを掛け違えただけ・・・。

小6の夏休みが終わり小学生の楽しみの修学旅行が近づきました。
何とか少しでも修学旅行の思い出を残してやりたくて
何度も学校と打ち合わせをして、
私は息子と2人で修学旅行のバスを追って電車に乗りました。
2人で上った京都タワー、そこで息子は金色に光る金閣寺と五重塔の置物が欲しいと、小学生らしい姿をみせていました。
金閣寺でクラスのみんなと合流することに決まっていました。
その時間が近づくと息子の表情が険しくなっていきます。
でも「〇〇くんや〜、〇〇くん来た〜」と叫ぶクラスの友だちに囲まれ、肩を抱かれ、あっというまに子ども達の渦の中に消えていきました。
しばらくは距離をおいて後を付いていましたが、息子はみんなとバスに乗って宿舎に向かった様子。
私は1人金閣寺に残され、気が付けば閉園時間でした。

ホテルに戻った私の携帯に担任の先生から電話が入ったのは夜の7時でした。
「そろそろ迎えに来てください」

宿舎のロビーで待っていると、担任の先生と肩を並べ、この夏ほとんど外出していない真っ白い顔の息子が、もう何年も見たことのないような、いきいきとした顔で立っていました。
息子の瞳はキラキラとそれは美しく輝いていました。
「楽しかった〜!!」この言葉がすべてでした。
私はずっと、ずっとこの言葉を待っていました。
「本当は学校に戻りたい!!」声にならない息子の声をしっかり聴いた瞬間でした。

でも、修学旅行から戻るといつもの不登校の日常が待っていました。

1週間後に小学校最後の運動会がありました。
もちろん競技にはでられません。
でも弟も出ているし、息子は見学に行くということで父に連れられて途中から学校に来ました。

最後の運動会の見せ場、6年生の組体操・・・
クラスの保護者は皆、カメラやビデオを持って最前列に陣取りわが子の勇姿を追っています。
私はところどころの見せ場の演技に一生懸命拍手を送りながらも、子どもの演技に感動の涙を流す人たちを見ながら、みんなと喜びを共有できない大きな隔たりを感じていました。自分だけがどこか違うところにいる寂しさを感じていました。
遠くでうつむいて座っている息子もまた、そこにいる不安を身体全体で表すかのように、小さく、寂しく、哀しい存在に見えました。

もう私たち家族の力だけでは、この子を学校に返してやることは出来ないのかもしれない。
せっかく「ほんとうは、学校に戻りたい」という息子の心の声を聴いたのに、家族の力では空回りしてお互いの力を奪い合う。

誰かがほんの少しテコのような棒を、押し込んで、そう、力ではなく技のようなもので、この異次元にいるかのような私たちを元の世界に戻してくれないか・・・。

第三者の力を心から必要と感じ、ネットでもう1度「ふとうこう」の検索をはじめました。
外出を嫌い自分の都合以外は外に出ない息子を、連れて行かなければいけない機関では無理があります。
そんな視線で私はやっと「訪問」という文字に出会いました。
家にいてカウンセラーが来てくれる。
FHE・エンカレッジ・ペアレンツキャンプ・・・この3機関がはっきり姿を現しました。
もう迷いは1つもありません。

エンカレッジの上野先生にお会いして支援をお願いし、訪問カウンセラーの先生が2人組でみえたのは、10月も終わる頃でした。

今まで自分のいる場所が真っ暗でどちらを向いて進んでいいのかわからなかったけれど、私の足元に進むべき道が見え、そのずっとずっと向こうには光さえ見える。
自分自身の子どもとの関わりを見直していくことで、私の意識が変わり子どもの変化に繋がっていく。

そしてついに支援を開始して2か月半、息子は本来の彼の居場所に戻って行きました。
先生方に支えられ、11か月の不登校は終わりました。

私は復学できた記念日を一生忘れはしないでしょう。
この日は新しいスタートの日ですから。
これからの継続登校、このスタートラインの眩しい光を決して忘れず歩んで行きたいのです。

今、子どもが不登校で悩み苦しんでいる方には、100の家庭に100の違った苦しみがあると思います。
私もここに書ききれなかった兄弟が背負った苦しみ、病気(ODという診断、鬱という診断)なのかという苦しみでつぶれそうでした。
ですが、こうして這い上がれた1人の子どもとその家族もいるということを、不登校にさよならを告げる1つの方法として知っていただければ幸いです






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