新学期が始まった日の朝、出かける途中で中学1年生を見かけました。
ピカピカの制服・ピカピカの鞄、そしてピカピカの笑顔
息子が不登校になったのは、2か月後の6月でした。
なんだか、それを思い出しせつなくなります
今日見かけた子ども達の笑顔がずっと続くようにと思わず祈る自分がいます。


子どもが、不登校になったとき、親はあらゆる方法を模索します。
わが家の息子が不登校になったのは中学1年生。
もう学校へ行かなくてもいいとは絶対思えなかった。
それがたとえ親のかってな思いであろうとも・・・

学校へ相談しました。
学校は一生懸命対応してくださいました。
でも、息子本人が学校にいないのですから、手のだしようがありません。
親をせめるわけにもいきません。
担任・学年主任をまじえての相談・公共機関での心理テスト・病院の診療内科の紹介。
学校は考えつくことをいろいろしてくれました。
でも、学校という枠から出ることのできない学校の先生では息子を動かすことはできません。
ならば、今より悪くならないよう待つしかありません。

6月に不登校になり、親もわけがわからず夏休みに突入します。
親も子もまだ何もわかっていません。
きっと、夏休みでリセットされて、きっと2学期の始業式からは大丈夫だろうと思う細い希望にすがりついていた状況でした。

今ならわかります。
子どもも親も何も変わっていないのですから、たとえ新学期になっても変わることの方が奇跡だということを。
そのとおり、2学期になっても息子は動きませんでした。

学校も、今度は適応指導教室をすすめてきます。
しかし、その適応教室にも息子は行けませんでした。
もう手はありません。
ここで、親は不登校と向き合うことに疲れてしまい、現状を受け入れたといえば聞こえはいいですが、子どもの方から目をそらしてしまいました。
ずっと向き合うことにつかれたのです。
私は、仕事をしていたのでこれ幸いと仕事を理由に使っていたのかもしれません。

中1の6月から始まった息子の不登校はそれなりの安定期に入っていました。
新しい年があけ、2月になった頃、息子は楽しそうに毎日パソコンとゲームをしてすごしていました。
しかし、家族としか会話をしない毎日・
ネット上での書き込みしか知らない世界。
食事は家族ととっていました。会話も普通にします。
リビングにあるパソコンの前ですごしています。楽しい不登校状態です。

ある日、息子との会話がとても違和感のあるものであることに気づきました。
会話のキャッチボールが崩れていました。
一方的に話すだけ。これでは他人との関係を築くことはできない。
息子は小学生からコミュニケーション能力が止まっているようにみえました。
まわりの友達は中学生並に成長しています。
どう考えても、このままでは友達の中へ返っていくことは難しい。

学校という社会は息子の場合は、必要だろうか?→Yes
息子の問題は、きっとコミュニケーション能力だろう。ならば、どうするのが問題解決に近づくのか?→家の中だけではダメだ
私の目標は、息子が元気になることだけではありませんでした。
自分ひとりで社会で生きていけること。親の力がなくても
ならば、実際の社会のミニチュアである学校で息子なりにやっていくことができれば、きっと実際の社会でもなんとかやっていくだろう。
こう考え、再度息子にアプローチをはじめました。
民間のフリースクールも見にいきました。私塾のようなところも考えていました。
息子は、適応教室を選びました。

2月から適応教室に行き始めます。
それでも、行きたい時に行く。時間を守ろうとしない。会話が改善されない。
新学期に期待をかけ適応適応教室からも背中を押してもらいました。
親も精一杯息子の再登校を応援しました。

息子もがんばろうと思ったことでしょう。
それでも、一年近く学校から遠ざかっていた子どもには大きな壁でした。
その壁を乗り越えるか壊す力もありませんでした。

『親としてその力を子に教えてやることができないならば、専門家の力を借りよう』
そう考えての支援の決断でした。





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