7月4日、この日は私にとって忘れることのできない日です。
そう、息子が1年間の不登校から再登校した日です。
ちょうど5年目となりました


中2・中3・高1・高2・高3、この5年という月日は、息子が一番成長した時期です。
家庭では教えられないことを、社会のミニチュア版である学校という世界で揉まれることで、大きく成長しました。
一番大きな成果は、テストの成績がよくなったことではなく、
友達と楽しく会話できること
仲の良くない子とも、普通に会話を続けられること
嫌なことを言われたら、上手にあしらうことができること
自分の希望をどうすれば伝えられるか
そんな人との付き合い方のノウハウの蓄積が一番の成果だと感じます

息子を見ていると、やはり2年間くらいは世間一般の同年齢の子とは差があるようにも感じます。
でも、それが息子なり歩みの速度なのでしょう
止まっていない、息子のペースで進んでいることを実感させてもらえることがとても嬉しいことです

今息子の毎日の勉強は、仕事への準備です。
そういった意味では、専門学校は仕事と直結したわかりやすい道といえるかもしれません。
仕事はつらいかもしれません。
でも、今同じ目標にむかって一緒にがんばる仲間がいます。
息子の性格を把握して、アドバイスしてくれる先生がいます。
今のつながりが、これから社会で辛いことがあった時の宝物となる。そんな気がしています。

このブログには、不登校で道を探されている方も来てくださいます。
私のスタートも、ネットで「不登校」「復学」「復学支援」と入力することから始まりました。
当時はこれほどネットも普及しておらず、ネットって怪しくないの?という視点が大半でした。
そんな私が、支援を決断したとき、
「5年後に息子と家で籠っていることだけは嫌だ」という思い。
「今できることをすべてやるんだ」という想いでいっぱいでした。

中1の6月から不登校になった息子は、中2の4月に再登校にチャレンジするも挫折。
もう親では難しいと思い、復学支援を依頼しました
私が息子の復学支援をお願いしたのが4月23日
そして、その日から1か月後の5月22日に登校刺激を行ってもらい、その1か月半後の7月4日に再登校しました。

私がFHEに支援を依頼した5年前は、ネットで検索しても
不登校=待ちましょう・
充電期間です・
羽が生えるまで待ってください
といった風潮が強く言われていたように思います。
掲示板でも、復学支援なんて、やめなさいといわれることが多かったように思います。

でも、今では待つだけではいけないのではないかと感じる親御さんも多くいます。
私も参加しているmixiのコミュニティでは、親御さんの不安や迷いに共感はもちろんですが、それだけでなく、それはよくないとはっきりと言われます。
それを見て自分を変えることのできる親御さんは、どんどん子どもさんとの関係が変わってきます。

私も、ネットで見ず知らずの方からメールをもらったこともあります。
復学支援なんて、将来どうなっているかわからない。
無理矢理動かして弊害があるよ。
こういわれたこともあります。
では、支援を受けた息子はその後どうなったでしょう。
あの時に無理矢理でも動かしたことで息子自身が救われました。
変わらなければいけなかった親が支援の先生という第三者に入ってもらったことで、変わることができました。
ただ、支援は息子だけを変えるということではありません
親が子への対応を変える。
親としての心構えを変える。取り組む
親の苦手な対応をなくす
親が子どもの問題から逃げない
そういった部分が子供の不登校解決にに大きく左右したように思います。
我が家は、支援を受けたおかげで5年後の今息子は社会へ出るための最後の階段を上っています。
息子自身が楽しそうに毎日をすごしているのが、一番の結果です。

息子を大きな視点で見守りアドバイスしてくださる藤本先生をはじめ訪問のN先生、そして息子を応援してくださるたくさんの方へ、感謝の気持ちを贈ります。
本当にありがとうございます





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